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チモッキ

思ったり、感じたり、言ったりしたこと

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臆病者だけが


07a03d9c.png






























人が動物を虐待する
それは始まりに過ぎない-


異常な凶悪犯罪者は、まず動物を虐待し、
次第にエスカレートしていくことが知られています。

「あなたの旦那さんや彼氏がペットの犬を殴る男なら、

-次はあなたの番よ。

愛護団体に連絡を」


ってポスターも見かけたことがあります。
残念なことだけど、ほんとにそうなんだと思う。

この事実は関心を呼ぶし、注意喚起になるかもしれないけれど、
人間に及ぶ及ばない以前に、大変なことです。
エスカレートするから問題なんじゃないですよね。

非常に幼稚で、驚くほど残酷で。いや、幼稚だからできるのか。


ここのとこ猫が虐待されて殺されて。そんなのが続いてる。
かわいそうに。生き地獄を生きてるんでしょうね、やった人。
他者に愛が向けられない人生ってのは、心底不幸だと思う。
今とは違う風にも、絶対生きられるのに。
そんでそれは、自分にしかできないのに。

だなんてしたり顔で言ってるけれど、
ほんとはもっとすごいことも思っているのだ。
言葉が見つからないのです。

なんてかわいそうな人だろうと思う。
そして猫たちのことを思う。
言葉がない。

猫たち。一体何があったの。


188ff7b0.jpeg 臆病者だけが 動物を虐待する 
 
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わたし達には木が必要

お邪魔してるシェルターが引っ越したのでした。
みんな、コンテナの中におうちができた。

ちょっと複雑な気持ちです。

新しいところは、広い。
動線的にも、楽ちん。
慣れないけれど、たぶん。

新しいシェルターには、木がないのだ。
私は、以前のシェルターの回りに木が多いところが、今思えばとても好きでした。

食器などの洗い場が外にあって、すぐ近くに木のベンチとテーブルがあって、誰かのお茶が置いてある。
お外の成犬たちが見えて、犬たちからも私たちが見えて、
ねこがその辺を歩いていて・・・違う小屋に行くのに、少し距離はあったけれど。

木が作る日陰と風に、私は心が広げられることしばしばだった。
犬もねこも人も、みんなもそうだったんじゃないかなあ。

慣れるまでかな。
慣れるまではどうしてもね。早くなれるといいな。

土地が欲しいと思いました。

そしたらわたし、木をたくさん植える。
犬が暮らすのは木で出来た小屋で、終生飼育のねこはその辺歩いてる。
でも周りには人がいないから、誰にも迷惑かけないの。里親希望さんには、送迎シャトルバス。
木陰に人もお茶しにくるような、そんなシェルター作りたい。

土地が欲しい。とにもかくにも欲しいのだ。





と、書いてアップしなかったんでした。多分2ヶ月前くらい?

最近は、
・木を植えられるかも。
・それとは別件で植えたモンキーバナナの木がしげってきた。
・いつかおやつに食べれますね。
・どうかなそんなに伸びるかな。

とか、そんな話をしました。
やっぱり木は大事だな、みんな木が欲しいんだ、木が必要なんだ、と思いました。
早くモンキーバナナが食べられるといいな、とも思いました。

しかしこの日、私、髪を強く結びすぎたみたいで、気持ち悪くなっちゃって。
終わって帰るのに車乗ったら、とたんにすごい吐き気がしちゃって。

気持ち悪い・・・首が、首が苦しい・・・と思って気づいたのよ、着替えたTシャツを前後逆に着てるって。
襟ぐりが前に大きめに開いてるデザインのシャツだもんだから、首の後ろ側がことのほかスース-してて。
冷えて余計気持ち悪いし、なんか、悲しかったわね、あたしってほら繊細なとこあるから・・・。

自然派化粧品のラッシュから、代替法の開発・普及に携わる皆さんへ

自然派化粧品のラッシュから、代替法の開発・普及に携わる皆さんへ、お知らせとのことです! 

英国のラッシュ
化粧品の動物実験をなくすために LUSH PRIZE を発表
動物実験代替法の開発 ・普及のために賞金 25 万ポンドを授与

http://www.lushjapan.com/ethical/press/120621.pdf

このLUSH PRIZEは、下記の5分野について活動する個人およびグループに、各5万ポンドずつ授与するものとのことです。
(1ポンド130円で計算すると650万円)

. Science Prize - 動物実験にとって代わる代替法の開発
. Training Prize - 動物を伴わない方法の研究者育成
. Lobbying Prize - 代替法の利用を促進するためのロビー活動
. Public Awareness Prize - 動物実験への世論喚起
. Young Researcher Awards - 代替法の研究を専門とした大学院生5 名

2012年11月にアワード授賞式があり、そこまでの交通費は自腹で出せる人が条件になりますが、イギリスに住んでいる人に限定していないとのことなので、ぜひ日本からもご応募してみてください。
代替法研究を目指す若手の皆さんに拡散していただければ幸いです。

LUSH PRIZE
http://www.lushprize.org/


さよならじっけんしつさんより転載させていただきました。
(このHP名秀逸ですよなぁ・・・。キャラクタのネズミちゃんがハンカチふってるんだよ。さよならって。
「動物が、実験室から去る」というさよならだけじゃなくて、
「実験室が、わたし達の社会から去る」という意味でも、
「さよなら、じっけんしつ」ってつぶやいてみると、
胸が幸せにジーンとちょっとしびれる。さよなら、さよなら、じっけんしつ。)

ラッシュめー。
建設的で、明るい。そのベースに人間の思いやりと道徳心を感じますわね。
こういう発展の仕方で、進みたいわねぇ。

ラッシュ内でも、こういう方向に誰がイニシアチブをとっているんだろう。
このスピリットがずっとずっと続くといいなあ。

ボディショップみたいに、動物実験してるロレアルの傘下に収まるみたいな、そういうのになりませんように。
ビジネスだから戦略は絶対に必要だし、きれいごとじゃないってのはわかるけど、
「誰かの不利益を何とかしよう」って最初は多分心から出てたんだろう訴えが、
ビジネス上の武器としての部分が強くなってしまって、
いつの間にか、切り捨てることもできるただの戦略になってしまったのかなあって思うのって、
やっぱり悲しいですものね。

ボディショップの創始者のアニータさんは、ロレアルにどうして売却したのかな。
動物実験反対はもちろん、フェアトレードや倫理的な活動にも非常に熱心だったのにね、
ロレアルに買収されたときは正直、裏切られた感がありました。

特に2006年、ザ・ボディショップがフランスの化粧品大手ロレアル(L'Oreal)(4分の1はネスレが所有)に買収されたことに多くの主要顧客は激怒しました。
多くの活動家は、ロディック氏が考えた、ザ・ボディショップが産業最大規模を誇る企業に進入し、内側から同社の価値を浸透させるという「トロイの木馬戦略」を理解することが出来ませんでした。
しかし、常に人々の期待に応えることが目的ではないと考える強靭な活動家、ロディック氏にとって、このような論争はいつものこととして捉えられていました。



う、うーん・・・?理屈はわかるけど、他にもっと有効な道はいくらでもある気がするという感じ。
その後すぐに脳出血で亡くなってるんですよね。
きっといろいろ大変だったのね・・・。

尊敬してるのです。道すじを作った人。すばらしいことだと思う。
もっと長く生きてほしかったなあと思います。

昔好きだったデューベリーの練香水、アニータさんの名前を冠してるってこの前初めて知った。
なんか感動した。


志って大事だよねー。
天職!人生の仕事!って感じるほどのビジネスだったらなおさら、時に相反することもあるだろう、
志と存続を維持し続けるのって大変だろうな、でも面白いんだろうな。


とにかくラッシュ、サンキューサンキュー。アイラビュン。
私バスボム買って来ようっと、ウヒヒ。


あのう・・・キミたち同士でファイティングをしてどうするのだ。
殴り合っちゃってない?ちがう?チーモの目がおかしいの?
手を叩きあってるのかな、「イエーイ!」とか言って。
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びっくり嬢

嬢と鬼ごっこしてる最中にドアの陰などに隠れて、
嬢が警戒しながらも通りかかる瞬間飛び出します。
嬢驚いて、「キャアー!」って喜ぶ。

この前はいつも隠れてる場所、つまり嬢が、チーモはあそこに隠れてるかもなって想定する場所より、より嬢に近い場所で隠れてみました。

鬼ごっこ最中の緊張感に包まれながら階段下りてくる嬢。

(リビング内のドアの陰にチーモはいるのだろう・・・)
と、階段の中程でいつも通りの想像する嬢の・・・

すぐ下にいるのだ!キャー、スリルー。

でも違和感を感じるのか、なかなか下りてこない。
私完全に息を殺して、息ってどうやってするんだっけ・・・て思い始めた頃、
やっと警戒をといて嬢が下りてきたの!
すかさずズバー!と飛び出したら、

ほんとにこんななってた。

あー、ちょっとどうします。
こんなかわいいいきもの、どうしたらいいんです。

延々と続く鬼ごっこに、私が疲れて休んでると、捕まりやすい距離をウロチョロする。

それでも追いかけないとおもちゃを持ってきて私に渡す。

私がおもちゃで遊ぼうと手にした瞬間、嬢は勝手に鬼ごっこを再開してる。

おもちゃの意味は?と思いながら再び追いかける。

エンドレス
 

やわ心

モービーの言葉を見て、聞いて、なんというか、リセットされた感があります。

リセットって、新しく生まれること。
心って、何度も生まれ変わるのね。しょっちゅうリセットする。
やわらかい感じになる。

怒れるヴィーガン、のくだりは耳が痛かった。
ついこの間、ベジについて話してて、いつの間にか怒鳴り合いになっていました。
なんだなんだ、一体どうした。

ベジじゃないのだけれど、私の話は聞いてくれてた人なんですが、
ベジはすごく健康にいいんだよって講演会をどっかで聞いてきたらしくて、
すごくうれしそうに、「やっぱベジっていいんだね」って話かけてきてくれたのよね。

それで私は、その人の、「ベジはいいんだ」とすごく明るい気持ちになってるその部分ばかりに目をとられて、
相手の、まだ少し揺れてる心のうちに、気づかなくてさ。
すっかりベジの人に対する感覚で、お話してたら。

私は、批判も、ジャッジもしてない。正論だったと思う。

それでも受け入れられないことはもちろんあって、それは当たり前のこと。
だって気持ちのことだもんね。

ケンカになった人は、その後自分のペースでベジを受け入れだしてるみたいで、
ほんと怒鳴り合うのは無駄だったと思う。怒鳴り合ったって、ダメなんだぜ。
ほんと、身に沁みます・・・ダメなんだぜ。

でもいいの。

このやり方ではだめなんだな、と気づいたら、それだけで、何もかもうまくいくか。
ううん、そんなことなくって、伝えたい言葉一つとってみても、絶対この先も、試行錯誤が続くのね。

完璧は程遠い。
もう、ほんと実感しますよわたしなど。
うまく伝えられなくって、アイタタタ!ってのしょっちゅうです。

今の自分の力でトライして、ベストを尽くしてみても、
うまく伝えられることができなくて、もしくは誤解を解くことができなくて、
ちょっとクレイジーな人、極端な人、そういう評価を感じるときもあります。

その評価は的を外れてる!と自分で思うし、うれしくないですが、
そういう評価を下すのは、相手のまったくの自由なんだよね。
その評価を覆そうと頑張るのも、私の自由なんだよね。
でもそういう場面で、自分の力以上にがんばらなくちゃって思う必要はきっとないんだなって、思う。
評価は自由にされておけ。

ほんとはどうなのか、自分が知ってる。
そんできっと、誰かも知っててくれてる。

誰かの、「動物の問題は、あなたが言うほど大きく存在はしない」って判断を、
覆すために力を注ぐのもいいけれど、

今の自分がするおぼつかない話を、立ち止まって話を聞いてくれたり、読んでくれる人がいたり、
「私もそう思う」って人と、言葉を交わしたり、気持ちをシェアすることができる。

わたし、そういう人やことを大事にしようって、改めて思った。
だからいいんだ、完璧じゃなくていいんだ。
続けるんだ。完璧じゃなくても、続けていけばいいんだ。

間違った方法をとってしまうことって、いっぱいあるんだよね。人間だもの。みつお。
わかってても、何度も間違っちゃうのよね。

それでも、動物の置かれてる状況や、それは世界とどうかかわってて、
それが自分たちに心身ともにどういう影響をするのかも知ってほしいと思う、
その気持ちは自然なことで、間違ってないと心から感じる。

あ、でも私、怒れるヴィーガンも好きですよ。
間違った使い方でなければ、私は怒りも大事なエネルギーだと思うんだ。
私は疲れて続かないし、選ばないけれども。

色んな種類のヴィーガンがいて、様々なアプローチがあっていいんじゃあないかしら。
それが、必要なんじゃあないかしら。

動物を思う方向は一緒であると思うのだけど、
たまに提案でもディベートってのでもなく、違うやり方を「非難」してるのを見かけると、
オラ、しょぼーんとしちまうだな・・・。
この前はネットで、おれはヴィーガンだが、おめえは魚食うからベジを名乗るな、ってのを見たのね、
なんでそんなことわざわざ言うだす。動物を思って肉やめた仲間に。
いや、つい言っちまったってのはわかるだわ。にんげんだものね。みつお。
って、そんなことわざわざここで訴えてる私もどうかしてるだな。
だってなんか、ちょっとショックだったんだな。みつお。

ハ、気持ちのおもむくまま綴っていたら、途中から私の心の中のオンジが。

とにかく、気持ちを大事に、違いをほがらかに、受け入れたいなあと思います。

人生の選択は、その人にしかできない。
知ること、考えること、そして道徳的に選ぶこと。

その人自身が行う素晴らしいアクションへの訴えを、
積極的に、柔らかく、なによりも真摯に、継続する。一生する。

楽しもうね。
おう。

ところで、こちら本家のオンジ。いや待って、この人も本家じゃないね・・・!?

チビチビが、このハイジのマネがじょうずなのです。
ハイジがこの飴をなめるシーン、チーモ姉妹の間でブーム起こしました。
「ティカティカ・ティカティカ」って音なんだよね。

すてきなこと言うモービーがすてき。の巻


やあみんな、こんばんは。
夕ご飯は食べたかい?ちなみに何を食べたんだい?ググウー。

それはおいといて、すてきな記事を転載させてもらうよ。(ウィンク☆)
ちなみに、動画でお話してるモービーの声としゃべり方もすてきだよ。(反対の目で)(ウィンク☆)


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

モービー
というミュージシャンは、ヴィーガンなのです!!ご存知ですか?

「やさしいベジごはん」のmihoさんのブログで知りました!
「モービーPETAのインタビューで動物について語る」の記事を読んだ時、「ヴィーガンが訴えたい大切なことが簡潔に書かれてある!」と胸が躍りました♪パア~っと目の前が明るくなった、開けたような感じでした。

mihoさんも書かれているように、ひとりでも多くの方に読んでいただきたいと思います。もちろん、転載など大歓迎です!!!
     
=====================

モービーPETAのインタビューで動物について語るhttp://miho33.jugem.jp/?eid=40


モービーは肉類、魚介類、乳製品や卵などの動物性食品を一切食べない純菜食主義者“ヴィーガン”。モービーはヴィーガニズム(純菜食主義、衣食を含むあらゆる目的のために動物を殺すことがないよう動物製品を一切使わないライフスタイル)を広げる活動もしているようで、YoutubeにPETA(動物の倫理的扱いを求める人々の会)のインタビューに答えている映像がありました。モービーがヴィーガンになった経緯やヴィーガニズムを推進するときに望ましい姿勢についてなどが語られています。





モービー、新たなPETAのインタビューで動物について語る
(PETA: People for the Ethical Treatment of Animals;動物の倫理的扱いを求める人々の会)


僕の新しいアルバムのタイトルは「Destroyed」で、本も同じく「Destroyed」というタイトルにした。ツアーに出るときはいつも自分自身に課題を作るのだけど、前回のツアーでの課題はツアー中に音楽を書くことと、ツアーの様子を記録することだった。だから深夜の4時とかに曲をたくさん書いていた。閑散とした街のホテルの部屋で一人籠ってね。本とレコードの二つのテーマは、ホテル、空港、バックステージに住むことの奇妙さと、こんな人工的で変わった環境の中でどうやって温もりや安心感を見つけるのか、いわゆる人間の状態についての隠喩ってとこかな。この二つのアイデアが本とレコードにあるんだ。

僕は高校生の時にハードコアパンクバンドで演奏をしていて、僕と友達たちはマクドナルドとバーガーキングしか食べなかった。ベジタリアンやヴィーガンの人たちを知っていたけど、おかしな奴らだと思っていた。僕らは15、6歳で完璧にアメリカ式のジャンクフード食生活になっていた。でも、頭の片隅には小さな声が聞こえいて「あのさ、もし動物が好きなら肉は食べない方がいいんじゃないかな」と僕に語りかけてた。僕は長い間その声を無視しようとした。そして18歳の時、自分のペットの猫を見ていたんだ。すごく大好きで、タッカーっていう名前なんだけど、そのタッカーを見ていて完全に気付いたんだ、「この猫のタッカーを守るためだったら何だって出来る」ってね。僕は他のどの友達たちよりもタッカーのことが好きだったし、タッカーを食べたりしないということは、多分他の動物も食べるべきじゃないんだろうって。こんな簡単なことが理由で僕はベジタリアンになった。それから肉製品、乳製品、卵製品について調べ始めた。さらに乳製品や卵製品について調べたことで僕はヴィーガンになった。それ以来24年間ずっとヴィーガンだよ。

僕にとってヴィーガニズムを推進する上で最も良い方法は尊敬の念をもって人と接すること。相手の物の見方を尊敬すること。でも時にはそれも難しくて、反対意見を持った人たちに向かって叫びたくなるよね。本当のことを言うと、ヴィーガンになりたての時、僕はとても怒れるヴィーガンだった。ヴィーガニズムについて人と討論したり、ヴィーガニズムについて叫んでたりしていた。でもそれで僕が気が付いたことは、叫んでいても誰も耳を傾けてくれないということだった。彼らには叫び声しか聞こえない。たとえ僕が世界一素晴らしいことを言ってたとしても彼らに伝えたいことは届かない。それは僕がわめき散らしているからなんだ。

工業的に作られた動物製品は全てを破壊する。動物を殺し、労働者もダメにし、地域も滅ぼし、そして動物製品を食べた人たちもボロボロにする。工業的動物製品は誰にとっても利益はない、大企業の株主以外はね。例えば、誰かが僕に「一体、卵と乳製品の何がいけないのか?」と尋ねたら、「卵と乳製品のいけないところは、工場式農場経営であることだ」と僕は答える。ほとんどの人は鶏は幸せそうに庭にいると思っている。でも真実は大きな工業鶏園にいて、ぞっとするような場所だよ。 50万羽から70万羽の鶏が想像を絶するような状況にいる。おかしいと思うかもしれないけれど、僕は卵と乳製品は肉よりひどいと思っている。卵と乳製品を作るために鶏と牛は生きることを強制されていて、その苦しみは僕には想像もできない。

食品業界で最も大きい作り話は肉製品、乳製品、卵を生産する時に苦痛がないと言われていることだ。肉製品、乳製品、卵は信じられないくらいの苦しみの結果の産物なのに。ほとんどの産業は自分たちが販売する商品について嘘をつく必要はない。それに比べて動物製品、乳製品、卵製品に関する全ての側面は嘘の固まりだね。イラストからして嘘だよ。走っているトラックを見たら「ジョーの農園」と書かれ、豚が笑っている絵とか幸せそうな鶏の絵が描かれている。でも実際「ジョーの農園」に行ってみるとそこは想像を絶するような環境と苦痛がある。そのような状況はこの世界に存在してはいけない。

動物虐待について困惑している人たちへ、彼ら自身が何が出来るのかということについて僕からのアドバイスは、どうしたら積極的な行動を継続できるのかを考えること。世界は今までずっと不正にまみれているし、世界はずっと間違ったことで溢れかえっている。僕たちの多くはボタンを押してそれを今すぐに止めたいんだ。でも出来ない。だからどうやったら賢く積極的に行動を起こせるのか、そしてどうやったらその行動を毎日一生継続できるのかを考えなければいけない。それは燃え尽きてしまうことを意味するのではなく、休日もとるという意味なんだ。楽しいことをして、たまにはリラックスする。1週間に7日、1年に365日動物の為に積極的に活動をしても、たった2年しか続かないんだったら意味がないからね。

やあ、僕はモービー。24年間ヴィーガンです。
もし出来るならあなたに勉強して知識を持って欲しい。
あなたが食べる食べ物がどこから来るのか、それがどのような結果を環境にもたらすのか、
そしてあなたの健康にどのような影響をもたらすのか考えて下さい。
残念なことに、肉、乳製品、卵を生産する人たちはあなたに嘘をついています。
あなたができることをして、知識を得て、あなたの食べ物がどこから来るのか知って下さい。
そして道徳的に正しい選択をして下さい。ありがとうございました。


 


【転載、一部抜粋、ここまで】


=================

「もし出来るならあなたに勉強して知識を持って欲しい。
あなたが食べる食べ物がどこから来るのか、それがどのような結果を環境にもたらすのか、
そしてあなたの健康にどのような影響をもたらすのか考えて下さい。
残念なことに、肉、乳製品、卵を生産する人たちはあなたに嘘をついています。
あなたができることをして、知識を得て、あなたの食べ物がどこから来るのか知って下さい。
そして道徳的に正しい選択をして下さい。」

食べる物について、食べる物がどこから来るのか、勉強をして知識を持って、そして考えてほしい。その上で、道徳的に正しい選択をしてほしい。

それが全て。食べ物について訴えたいこと、すべて。

―短いメッセージの中に、切実な願いが込められています。



「世界は今までずっと不正にまみれているし、世界はずっと間違ったことで溢れかえっている。
僕たちの多くはボタンを押してそれを今すぐに止めたいんだ。でも出来ない。
だからどうやったら賢く積極的に行動を起こせるのか、
そしてどうやったらその行動を毎日一生継続できるのかを考えなければいけない。」

おそらく、動物の幸せに思いを馳せるヴィーガンが思っていることそのままズバリでしょう。
世の中の不正、間違い、それを今すぐに止めたい。でも出来ない。
だからこそ、賢く積極的に行動を起こすためにどうすればいいのか、どうやったらその行動を毎日一生継続できるかに、心を砕いています。

次の言葉が、ズバリ言い当てているでしょう。


ヴィーガニズムは単なる受身の克己ではありません。
むしろ積極的な社会変革に先鞭をつける行為であり、常に最高の理想を追い求めるものです。

 ―ジョアンヌ・ステパニアック
 
健康と地球の存続のためには、菜食主義への進化に勝るものはない。
 ―アルバート・アインシュタイン






地球の存続のためには、何も人間のことだけを考えていればいいのではなく、地球に生きるすべての生き物たちの幸せに思いを馳せることが大切だと思います。

この瞳に、道徳的に正直であり続けていられるように・・・・・


≪参考≫

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

以上、ねこまるさんの猫とヴィーガンな生活さまより、転載させていただきました。

mihoさん、公開してくださってありがとうございます。ありがたや・・・。

全部転載させてもらっちゃった。だって全部読んでほしいのです。

感想は後日書かしてください。
今すごくお腹空いてる。
ご飯より先に更新したかったのだ、しかしもう限界なのだ。グググー。


あー、今日もご飯が食べられる。
風呂も入るし、家族も生きてるよ。
この恵まれっぷり、時々驚きます。

好きなこと自由に言えて、どこへでも行けるんだ。

すごいな。
こんだけ恵まれてりゃ、がんばれるね。がんばろうね。

嬢がアーティストだったあの頃

カーテンに爪がひっかかって困ってる猫。


・・・写真撮影してる場合かと。助けろと。

すいません、報道カメラマンとしてのプロ意識をおさえることができませんでした。

いつも何でも私が手助けしてしまって、嬢の自立心を奪っているのでは?
という懸念もあったものですから、ハラハラしながらも見守ってみました。自力で何とかしてました。

もちろんわれらが嬢ちゃんは、このくらいじゃへこたれません。
爪が外れた後、改めてカーテンにマジパンチくれてました。

カーテン。嬢とカーテン。思い出します。

昔、レースのカーテンを初めてびりっと嬢がやった時、チーモはほめそやしたのですわ。

「君はやってしまったね、芸術作品を作ったね」と。

本当うちの嬢は、天才みたいなとこありますから・・・
どの子もそうですが、嬢自体もすでにげいじつ品と言えますし、
いつルーブルびじつ館から、嬢を展示させてほしいとオファーがくるか、
はたまた、いつキャッツアイから「嬢、いただきます」と予告状が来るか、
一体いつルパンが嬢をさらいに来るかとハラハラしてるんですが、それ以前に、
やっぱりそういうねこは、ねこ自身に秘めたるげいじつの才能があるんですわね・・・。

チーモは意外とげいじつに理解がある方ですから、
パトロンとして大いに応援したわけです。

そしたら嬢ちゃんのアートな才能があれよと開花して、
カーテンをビリビリ、ビリビリ、がんばりました。
これがまた、ほめると喜んではりきるんですよね。

 作品と作者近影

文化的な価値が大いに高められた部屋で、たまに嬢が作品に新たに手を加えて、二人で仲良く暮らしていたのですが、

ある日、チーモ宅を訪れた知人が、ビリビリのカーテンは嬢が作ったんだよエッヘンとか、
得意げに自慢してる私に、言いづらそうに、
「あの、チモちゃん・・・外から見た?部屋の窓・・・」って言うので、
ふ、嬢の前衛的な芸術は一般に理解されないかもしれぬ、と思いながら、
一応、わたし達の部屋の窓の様子を外から確認してみたら、

私がすんでる部屋って、こんなあばら屋だったの?

って感じだったんです。
窓越しにレースのカーテンが破れてるって、ものすごい悲惨な光景。
びっくりして、目が覚めました。わたし達、進みすぎてしまったようね・・・。

世界のモードが嬢に追いつく前に、嬢の芸術は終焉を迎えた旨、
うなだれながら嬢に伝えて、新しいレースのカーテンに変えました。

今度の新しいカーテンは、嬢のカンバスじゃないよってちゃんと説明したので、
嬢ももう、作品作りはしません。

チーモの言うこと、ちゃんとわかるのです。
一回でわかります。壁で爪とぎもしない。

ああ、でも噛み癖はなかなか大変で、かじりついたまま体を回転させるデス・ロールをよく家族中がお見舞いされてましたが、
あれはなにか事情があったのでしょう。言われてもやめるわけにいかない事情が。
今は噛まれないなあ。かわいいなあ、嬢って。

あ、自慢が始まっちゃった。ごめんなさい、長くなるから自重します・・・。

そんなわけで、天才でかわいい嬢なのです。

これは小さい椅子の上からお外を見た後、そのままコロンと眠ろうとしてるところ。

 
 
 

嬢、すばやいつっこみ

休みなので、朝寝をムニャムニャ堪能しておると、
じゃあわたしお仕事に行ってくるねってあいさつしに私の部屋に来た母が、
うつ伏せに寝ている私のふくらはぎを、毛布越しにやさしくサスサスとなぜました。

その瞬間、嬢が「アーン!(それちがう!)」って遠くのイスの上から言ってた。

(ハッ!今なでたの、全然ねこじゃなかった!)と気づいた母は
「あ、まちがっちゃった・・・なんだなんだ、今日は別に寝てるのね・・・」って
言い訳っぽくつぶやいて、改めて嬢の元に行ってた。

嬢、とても素早いツッコミでした。
さすがに黙ってられなかったのでしょうか。
朝から笑っちゃったよ。

こういう間違いってありますよね。しみじみとあほらしくて、おかしい。

私も母と昼寝してた故・BBを、愛しい気持ち満開でふとんの上からやさしく撫ぜたら、
やっぱり母のふくらはぎだったことが。

無題

ベジタリアンに対して、命を奪うのが罪なら、道も歩くなと。虫を踏むだろと。
動物実験反対論者に対して、そんならきさま、病院行くなと。

言わんとする理屈はわかるわ。
でもああた、極端なベジタリアンと同じくらい極端なこと言うのね。
そういうの、屁理屈っていうんだとあたし思うわ。

Better than nothing(やらないよりいい)って言葉があるよ。

動物のことを訴えていると時々、
All or nothing(完璧にやるかやらないかどっちかにしろ)って言われる。

完璧って?
自分の人生を何もかも、一瞬の隙も無く完璧にしてる人ってたぶんいない。
みんなBetter than nothingで、一生懸命頑張ってるんじゃないかしら。

誰かに完璧な一生をあげることはできない。
でも、その人が笑って暮らせるように心を砕くことはできる。

Better than nothing.
その姿勢自体が、完璧にすてきだと思うのね。




奴隷制度をイギリスが廃止した後、GDPかNPOかQPM(キューピーマヨネーズ?)か忘れたけど、
経済的な成長を示す指数がぐっと下がったそうなんですよ。シャレにならない位。
働いてた奴隷だった人たちが、解放されたわけですから。

奴隷だった人たちも、解放されてもその直後は仕事がないとか、そういう困った事態もあるわけですよね。
そのころは、経済基盤が崩れるんじゃね?これやばくね?やっぱ奴隷って必要じゃね?
みたいな動揺もあったと思うんです。

でも、奴隷とされてた人たちは解放された。
それは当然で、今日わたし達は、やっぱりそれが当たり前だと思ってる。

動物実験だって、そうだと思うんです。

多くの人は、しかたない必要だって言ってます。
でもそんなにはっきり断言できるほど、この問題に関心を寄せて調べてるかと言ったらそうではなくって、
見たくないし知りたくないし、考えたくないのだと思います。

だから現段階で、多くの人が声をあげさえすればすぐに改善できることまでも、
しかたないことみたいにされてしまっている。
あんまりに、くやしく、もったいない。

多くの科学者は、実験必要って言います。でも反対する科学者もいるんですよ。

世の中が、動物を犠牲にしない方向に進む流れさえ起きれば、
実験当たり前だった世界にも、違う道を探ろうという空気が流れます。
必ずそうなります。

その流れの源は、
わたし達が、現状を、どう思うか、どう行動するか、それだけなんだと思うのです。


理論が現実から乖離していると非難 されるとき、
それは理論が抽象的すぎるからではない。
まだその理論が、充分に現実を抽象しうる次元にまで
到達していないということなのだ。


ジル・ドゥルーズ(哲学者)

朝から力ぬけた

「通りすがりの母親が小さな娘に、

そうゆうこと言ってるとおちんちんが生えてくるよ!

って怒ってたけど、
おちんちんが生えてくる罰を受けるなんて、その子は一体なにを言ったんだろうね?


あとなんで母親は、おちんちんが生えてくるその罰をチョイスしたんだろうね?

ニヤニヤを我慢できませんでした。」


朝1番最初に受け取ったメールがこれでした。

私、幸せだなあと思ったよ。
いやいや負け惜しみでないよ。ほんとに。

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