茨木のり子さんの詩集が読みたくて、夜中だけど、
衣装ケースにしまってる本を、汗かきかき発掘してたら、
思潮社の現代詩文庫のビニールカバーの表紙がやっと見つかった。
あったあった!と喜んで引っ張り出したら、表紙には「石垣りん詩集」ってありました。
なんでか、石垣りんさんと、茨木のり子さんがごっちゃになるのです。
たぶん、いえ確実にアホなのです。
今回も、何か思い違いをしていたようです。
こんな夜に・・・バカ。
茨木さんは売ってしまったのだろうか・・・。
どうして大事な本を、今は読みたくないという理由で手放すのだろうか・・・。
どうして長い目で大事にしないのだろうか・・・。
どうして愛されるより愛したいのだろうか・・・。
女は愛されて幸せになるというけれど、
愛されることより愛することに幸せを感じる女はどうしたらいいのだろうか・・・。
あといま、お腹ぺっこぺこだから夜中だけどご飯食べてもいいだろうか・・・。
きっといいのではないだろうか・・・。
ペペロンチーノがいいのではないだろうか・・・。
と、ずいぶん遠くの方にまで意識が飛んでしまいました。
いいの、読みたかった「ムーミンパパの思い出」が発掘されたので良しとします。
ところで衣装ケースから出した本が、衣装ケースに戻りきりません。
なんでかしら?おかしいわね。ケースがちぢんだの?
これたぶん、涼しくなるまで戻せません。自信があります。
しかし衣装ケースのせいにはできませんよ。
のり子さんも言ってるじゃない、そうよ自分の衣装ケースくらい・・・!
自分の感受性くらい
茨木のり子
ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにはするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
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