命はかけがいのないものです。
人間は生き物の中の一つの種にすぎないのであって、
他の全ての生き物の全ての支配者ではないのです。
私たちは、いつになったら人間中心の弱肉強食の世界を終わらせ、
あらゆる生き物が共に生きる世界を築くことができるのでしょうか。
―動物解放運動の父・ピーターシンガー著「動物の解放」より ―
あらゆる命が共に生きる世界・・・
時々その世界が果てしなく遠く、それとも夢物語のように感じても、
この世でたった一人しかいなくて、この宇宙と同じだけの尊さを持つあなたの人生においては、
いますぐにそれを実現させることができます。
求める世界はまだまだ、これからかもしれません。
けれども、世界がどれほどの殺戮と、無慈悲に満ちていたとしても、
手前勝手な理屈で命がいともたやすく残酷に奪われていたとしても、
少なくとも、自分の立つこの場所を、どういう場所にするかの決定は、
たった今の、私たち自身に任されています。
わたし達自身のいる場所は、わたし達自身の選択によって、
平和を望み、かつそれを実行している場所にもなるわけです。
「実行」ね・・・これは、すごいことですよ!
小さなことや1人の力ってバカにされる向きもあるかもしれないけど、
実行するのは、1人ずつだからね。もう、すごいことよ。
少なくとも、自分の人生で、自分が選ぶんだよ、これはすごいよ。
どうせなら、意味があって、愛があるのが、すてきじゃない?
どんなに遠い場所も、歩き出さなかったら辿りつかない。
夢みたいな希望を叶えるのは、そのために動き出すのは、
いつだって、辿りつきたい場所のある人たちです。
毛皮が作られる現場での苦しみから目をそらして得る、
ファッションのための毛皮がもてはやされることは、本当に豊かで幸せなことでしょうか。
思いやりと引き換えに、目を閉じることと引き換えに、
手に入るのは、引き剥がされ、血を洗い流し、冷たくなった毛皮。
豊かさって、こういうことでしょうか。
毛皮と引き換えにしたものこそが、わたし達をあたたかくするのではないかしら。
毛皮なんていらない。あなたに生きててほしい。
わたし達が一体、彼らに何をしているのか。
そしてその行いに対して、どんな言い訳をしているのか、立ち止まって考える世界になってほしい。
誰かの苦しみを、自分の痛みとして受け止める、想像力を持つ世界になってほしい。
命を尊ぶという姿勢を、宣言しましょう。
その一つは、毛皮にNOと言うことです。
決意は声高でなくてかまわないのです、自分自身にさえ聞こえていれば。
それはほんとにほんとに、この世であなたにしかできないのです。
使わない 買わない 選ばない
これがどれだけの力を持っているか!あなた!
胸を張って、NOと言いましょうね。
わたし達は、
「すなおでいる」のが好き。
わたし達は、
「気持ちいい」のが好き。
だから、毛皮よりも
「愛を選ぶ」のが、ずっとずっと好き。
毛皮を着るくらいなら おしりちゃんを見せちゃうほうがいいわ
キャアー!
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